これまで、たくさん失恋しました。成人前も含めると、6回。
そのうち、3回は婚約破談。
それぞれ、立ち直るまでには、一定の時間を要しましたが、長引いたこともあれば、比較的早く立ち直ったこともあります。
こうした経験から、成人後の失恋4回を振り返り、立ち直る方法を考察します。
*筆者は男性です。
就職して、23歳~26歳まで付き合い婚約、その後破談:Aさん
出会い
就職した会社の合コンのような席で一緒になった1歳下の女性Aさんと意気投合し、付き合いはじめた。
最終的には、酷い別れ方をしたが、振り返ると丸3年の交際期間は、いろんなことがあり、充実していた。
ただ、それだけに辛い失恋で、大きく後々に影響した。
Aさんとの交際概況
地方生まれ、家柄・育ちがガサツ、男だけ3兄弟で育った私に対し、
Aさんは、都内で中学から大学まで一貫教育の名門私学を卒業、4姉妹の3番目、父は御婿さんで、完全な女性中心の家庭だ。
お互いにとって、様々の明らかな違いが興味深かったのかもしない。
また、年齢的に大人になりたての年代で、2人とも「おとなの恋愛」をドキドキしながら、背伸びしながらの交際だった。
学生時代には難しかった2人だけの旅行、たくさんの映画、アルコールのある食事等など、楽しんだ。
経過
ただ、交際期間中に、私を悩ませることが、時々起きた。
Aさんがモテすぎることだった。
複数の男性からアプローチを受けて、困っている状況を聞き続けた。
Aさん自身が、断り下手であったことに加えて、言い寄ってくる男性の中に、1人だけ全然諦めない、しつこく熱心な人がいた。
この「しつこく熱心な人」については、Aさんからいろんな話を聞いてきた。
年齢は私の1歳下(Aさんと同じ)、地方出身者で関東圏の国立大学出身、同業者、経歴的に私と似ている部分が多い気がしていた。
彼とAさんは、職場の同僚であり、コミュニケーションを断ち切ることは、容易ではない環境にあった。
それでも、交際は概ね順調に進展し、婚約、1年後の結婚式の日程でも決まった。
破局への展開
婚前旅行で、ハワイへ行った。
旅行日程の中盤で、彼女の様子がおかしくなった。
「しつこく熱心な人」について、改めての相談・告白だった。
「断れないだけでなく、自分がわからない・・」と言い出した。
従前から彼女の悩みを繰り返し聞きつつも、現実に揺れている事実に、私は幻滅し、狼狽えた。
いったんの結論として、私から別れを申し出た。
彼女は、やや取り乱し「私が間違っていた。ゼッタイ、キッパリ断る。だから、これまで通りに。」
その後、半年程度経過して、再度、Aさんからお悩み表明を受けた。
一緒にスキー旅行に行ったホテルだった。
「どうしても、私の思考に彼(「しつこく熱心な人」)が入り込んでくる・・・」
ハワイ旅行もスキー旅行も、心底楽しむことができず、罪悪感もあり、私に打ち明けたのだろう。
破談へ
しだいに、私は、Aさんは結局「決められない人」であり、
知らず知らずのうちに「八方美人的な振る舞い」をしてしまう人、男性に対する「隙が多い人」、
男性を惑わす魅力があるだろうと、思わざるを得なくなった。
また、彼女と「しつこく熱心な人」の間には、彼が諦めない「なんらかの関係」がある可能性も感じはじめた。
ただ、その時点でもAさんのことは大好きだった。
仕事にも影響が出かねないほど、悩んだ。
ぐずぐず3カ月程度経過し、決心した。
「破談にする」
私は、既に疲れきったんだ、と思う。
破談にしても、復縁の可能性を探したり、これまでの自分の言動を悔やんだり、悩みは堂々巡りになることは、自分でもわかりきっていた。
それでも、努力して破談にすると決めた。
結婚式場を解約し、予納金を受け取り、2人で分けた。
最後に会った時、彼女は、「あの人(「しつこく熱心な人」)と結婚するような気がする」と私に言った。
「ごめんなさい。」とも言ってたかもしれないが、よく覚えていない。
一番最後に、「あなた(筆者)には、私を叱ってほしかった・・。」
これを聞いて「ふざけるな」と怒鳴った。
3年間交際していて、大喧嘩はしたことがなかった。
はじめて、怒鳴った。
「叱ってほしかった」と聞いて、キレた。
私が、彼女に言った最後のセリフになった。
最悪の別れ方。
「ここまでグジャグジャになったんだ。諦めも付くだろう。」と自分に言い聞かせた。
でも、立ち直るには、時間がかかった。
時々、大喧嘩してれば、良かったのか?
自分がカッコつけすぎたのか?
自分が二股掛けられて、最後は天秤で負けたんだ、きっと。
そもそも育ちが違い過ぎた?
自分が「しつこく熱心な人」に負けるかもしれない、という重圧に潰された?
反省・後悔と苛立ちを抱えて、過ごした。
結局、彼女と「しつこく熱心な人」は、1年後ぐらいに結婚した、人から聞いた。
私は、「良かったね」とは、まったく思えず、自分が立ち直ることしか、興味がない、情けない人になっていた。
「裏切られた」と思いたくなかったが、そう思ってしまった。
Aさんも、それまでの経緯から「裏切っていない」と私に示す余裕や度量は無かったのだろう。
劣等感を克服するには、時間が必要だった。
振り返り
振り返りは、自分自身についてのみ思考します。
他人の行動を変えることはできませんし、他人でなく、自分の人生を自分で決めて生きるから。
自分の今後、未来のために決断するからです。
破談となった原因は、結局、私が諦めたこと。胆力不足。
仮に、交際継続しても、常に不安がつきまとっただろうし、私はもうAさんを信頼できなかった。
交際継続、自分が諦める、いずれも辛いが、まだ若かったから、他でやり直せる自分を信じたかった。
27歳、騙しだまし付き合いはじめるも、自爆・反省:Bさん
出会い
Aさんと別れて、1年程度経過したころ、勤務先のビルで、私に接近してくる女性Bさんがいた。
6歳下の地方出身者で、気の合うところが実際にあった。
趣味や価値観に共感できるところがあったし、「怒りの共感」は特にあった。
(男女関係においても、「何に怒るか?」について共感できることは重要だと思う)
外見・教養・性格も兼ね備えた人だった。
経過
「何かの縁だから、交際してみようかな」と交際しはじめた。
Bさんも、外見・教養・性格、兼ね備えた人だから、それなりにモテたようだ。
ただ、Aさんと違い、他の男性からの誘いは、シャットアウトできる「隙のない人」だった。
「隙のないこと」は、私には重要な要素になっていた。
戸惑い
それにもかかわらず、この交際に、私は夢中になれなかった。
自分でもよく整理できないが、「異性」をあまり感じなかったような気がする。
交際中止へ
夢中になっていない自覚が私につきまとっていた。
歳の差6歳上の私に、評価されようと一生懸命なBさんには、申し訳なくて、罪悪感も出てきた。
半年交際して、これ以上深い仲になる前に、別れようと決心した。
別れを申し出た直後、泣きつかれた。
つよく抱きしめられて、何秒か、何分か、声をあげて泣いていた。
申し訳なかった。
Bさんは、変わったところがあって、ある意味で強い人だった。
別れた後も、お茶したり、雑談電話をもらう機会があった。
それは、大学サークルの先輩・後輩のような付き合いは、残った。
私との復縁を画策する意図があったとは、あまり思えないが、それはわからない。
その後、私が遠方へ転勤になったことで、コンタクトはなくなった。
1年程度経過したころ、電話をもらった。
私の勤務先の近くに来る用事があるから、「お茶でも?」との申し出。
私は、応じて喫茶店で面会した。
世間話の後、「結婚するします。」との報告。
なんでも、私と交際する前、学生時代から数年付き合ってきた男性と。
結婚を決めた理由は「私が勝手にドナーバンクに登録したら、『そんな大切なことを、なぜ相談しないで決めるのか?』と激怒された時、この人と結婚するんだな、と思った。」と。
私は「(あれ、激怒されると、いいのかなぁ)」と心の中で、苦笑いした。
Bさんの結婚は、私は心から喜べた。
私が、当時の罪悪感で別れた結果、Bさんは、結婚すべき人をちゃんと選んだ。
私が、ぼやぼやしている間に。
おそらく、Bさんは、別れる時に、酷く泣いたので、
立ち直って、結婚することを、わざわざ報告してくれたんだと思う。
「元気でね。お幸せに。」晴れ晴れとした気分だった。
その後、Bさんのことは知らないし、思い出すこともほとんどない。
私のぼやぼやしている期間は、この後、まだ続いた。
振り返り
交際中止の原因は、私がAさんを忘れることができず、Bさんに夢中になれなかった。
Bさんに対する罪悪感で、自爆することになった。
30歳、ハイスペック女性と婚約後、破談:Cさん
Bさんと別れ、転勤となってから、慌ただしくパートナー探しどころではなかった。
プライベートを削って働き詰め、毎日同じように日々、さらに勉強会や研修会が多く、
レジャーはもっぱらアルコール。
単調な日々を過ごしているうちに30歳に。
「こんなに仕事ばっかりしてて、何が楽しいのか?」と疑問に思い始めた。
出会い
私は中堅社員の入り口にいたが、まだ若手の部類で、会社や業界の勉強会・研修会の参加する機会も多かった。
そこで何度かCさんと話す機会が何度かあり、気が合う?ような気がしていた。
Cさんは、ハイスペックな女性で、当時、社会的に増え始めていた女性総合職、その中でも特に優秀だった。
立ち振る舞いも良く出来た人で、同期の男性総合職からも一目置かれる雰囲気。
30歳の私は、若手社員の中では年長組で、4歳下のCさんにとっては、先輩。
研修会後の懇親会で、Cさんと話した時、意外な好意を感じた。
私も楽しかったので、食事でも誘ってみようかな?と。
意外とすんなりOKで、久しぶりに楽しみなスケジュールが入った。
今でも覚えているぐらい、うれしかった。
ただ、その時はまだ「楽しく飲めればそれでイイんだ。」程度に思っていた。
交際へ
話してみると、自然と強めの好意を感じ、私自身も惹かれた。
毎週末に会うようになり、交際はとんとん拍子は進展し、自分でも驚くほど短期間で深い仲?になった。
婚約へ
交際して3カ月程度の頃、深い仲になりつつも、Cさんから私に対する不満・不安の指摘を受けた。
「○○さん(筆者)の、掴みどころがわからない。」そんなニュアンスで始まった。
「?」
「○○さんて、あたりが良くて誰にも優し気だけど、遠慮が多く、主張やこだわりが見えない、つまり、『人となり』が今一つわからないんですよね。」
私は「(んんん、ムジカしいこと言うな、)」と思った。
いろいろ、聞くうちに、シンプルに言えば「もっと自己開示してほしい」的な不満だと、判った。
もっと言うなら「30歳で独身なら、今までなんかあったでしょう?これまでのことをもっと聞きたい」との仰せ。
「(スゴい、大胆かつ率直なツッコミ、だけど、そこまで行ってくれるとウレシイ)」とも思った。
ということで、「大まかに、Aさんとの顛末が重すぎて、女性との交際には苦手感、不安感がある・・」的な過去を話した。
この手の話は、所謂「カマッテちゃん」「同情くださいオジさん」「自分語り」に陥るパターンの1つなので、あまり勢いをつけずに、慎重に話したつもりだった。
結果的に、この過去の話は、この時点においては、cさんの不満を解消したようで、
Cさん聞いた後は、機嫌が良くなった。
また、私もいろんな事が話せるようになった。
私は、4歳下の「人生巧者」に感謝し、大好きになった。
その後、順調に交際し、結婚の方向性を共有した。
その時点の課題は、「いつするか?」
cさんは、仕事はなんらかの形で続けたい、ただ、今の仕事にはこだわらない。
子供も欲しいし、いったんの無職は受け入れるが、かならず再就職したい。
そのためには、資格取得など今のうちできることをドンドンこなしたい、と言っていた。
スゴい前向き思考で、実際の行動や習慣もハイスペックな人だった。
破談へ
交際から、2年を超えたころ、cさんは、自分の年齢(28歳)と今後の計画に悩み始めた。
やりたいことが多すぎて、年齢によるタイムリミットとキャリア形成を、具体的に考えれば考えるほど、自分の進みたい方向が分からなくなった、と言う。
あっさり言えば「キャリア形成と○○さん(筆者)の天秤」に悩んでいる、ってことで、重いテーマ。
その後、何度か、この話を聞く中で、Cさんは、「ノイローゼ気味」と感じる時もあった。
私は、cさんの現状について「交際を見直す、ゼロベースで見直す意見を自分からは言えないのだろう」と思った。
率直・冷静な彼女なら「結婚をなかったことに」って言えるようにも思えたが、
以前に「過去を教えて、自己開示して」とcさんが私に意見し、
その結果、私の婚約破棄経験を知ったことで、言いにくいのかもしれない、とも思った。
付き合ってはいたものの、Cさんの悩みは解消しないまま、元気のない日々が続く。
また、重い悩みを抱える日々が来た感じだった。
Aさんとの破談経験はいったん払拭したが、同等の重い悩みを抱える日々が来てしまった。
Aさんの時と異なり、誰かのほかの男との比較で悩んでいる様子はなかった。
そういう事ができる人ではない。
結婚についても、前向きに計画していた時期が、実際にあったわけだし。
バリ島に2人で旅行に行った時は、私の両親にスナップ写真を私を経由しないで、送ってくれたこともあった。2人の将来を考えてくれていた。
そんな時期と対比すると、悩みが深くなってからのCさんに会うのは辛くなってきた。
結果的に、最後の食事となった店で、悩みながら泣き出したcさんを見たとき、心の中でいったんの結論を出すに至った。
最後の会話は、電話だった。
私から、「少し時間を置こう。1カ月間、会わないし、電話もしない。
1ヵ月程度、時間をおいて、また電話で話そう。その時、結論が出なかったら、また考えよう。」
1か月後、私は電話しなかった。できなった。
私は、万が一、Cさんが自ら電話してきて、交際を継続しよう、と言えば、継続するつもりだった。
でも、Cさんは電話してこないだろうとも思っていた。
それは、Cさんは、自ら私を切ることはできないだろうから。
おそらく、Cさんは、私に答えを預けたんだろう。もっと言えば、私に破談にしてほしかったのかもしれない。
でも、それは、私にもできなかった。
それっきりになってしまった。自然消滅のカタチになってしまった。
交際が順調な頃に話したことがある。
「人の関係には、必ず別れがある。死別もふくめて。」
「私たちは、どんな別れ方するんだろうね?」と。
こんな別れ方になってしまうとは、思いもしなかった。
私の親しい友人達にもCさんを紹介していたので、後日、経緯を報告した。
私とCさん2人と一緒に食事したことのある親友夫婦の奥さんには、厳しく叱られた。
「あなた(筆者)が悪い。電話したら、きっと交際継続できたハズ」と。
すみません、それはわかりません。
詫びることしかできません。
Aさんの時は、悔しくて、泣いた。
この時は、泣けなかった。Cさんは人生選択の十字路に居たんだろう。
一度、真剣な交際2年間に対して、お礼を言いたかった。
ちゃんと別れていないから、引きずった。
その後も何度もCさんと話す夢を見た。
Cさんは、その後、すごく頑張ってキャリア形成し、50代で周囲が驚くポストに就いた。
流石。
その時は、独身だった。その後は知らない。
振り返り
破談の原因は、cさんのキャリア形成には、私の存在が邪魔になる、足手まといになる、と私が考えたから。
33歳、一回り若い女性と婚約、また破談:Eさん
Cさんと別れて、およそ半年、自分でも意外に早く、立ち直った。
やはり、立ち直りの最良策は、「ダメなら次の人」かもしれない。
ただ、立ち直ったから、出会いがあったのではく、
実際には、出会える運があって、結果的に立ち直ったのだ。
出会い
取引先の企業が、事業を一部たたむこととなった。
その企業の私の窓口担当者、Eさんは、事業閉鎖に伴い職を無くして、故郷の離島に帰るという。
寂しそうだった。
私「送別会がわりに飲みに行こうか?」
E「本当ですか?」
私「いいの?じゃ、〇月〇日は、どう?」
E「ずいぶん先の話ですね。予定ガラガラだからOKです。でも、もしもっと早いスケジュール可能だったら、早くしてください。」
私「ごめん、ここしか無理。いい?」
E「はい、わかりました。」
私「じゃ、電話番号教えて」
E「はい、これ」
予想以上に、あっという間に決まってしまった。
こちらの期待よりも、寂しそうでだったので、誘ったんだけど、
OKで、びっくり。
あとで、仕事の資料で、生年月日を確認した。
12歳下だった。これも驚き。
生まれて始めて、一回り下の女性と2人で食事か。自分でも意外だった。
交際へ
食事に行くと、お互い年齢差を自覚しながらではあるものの、会話が弾んだことに、また驚いた。
楽しかったが、12歳下で、取引先勤務の女性だから、1次会でお開き、終了とした。
危ない土地柄ではないから、見送りはしなかった。
「帰宅したら、電話をくれ、帰宅確認のため」と伝えた。これが結果的にこれが縁をつないだ。
電話をもらった。Eさんは、「本当は、もう1件行きたかった」
これまた、意外。
「じゃ、また誘うよ。こっちには、いつまでいるの?離島にはいつ帰えるんだっけ?」
「○○日まで」
「じゃ、××日にメシ行こう」
また、トントン拍子で決まった。
2回目の食事で、好意を感じた。
でもな、若すぎるから、危ない?
私には警戒心もあったが、
外見OK、正直者で誠実・素直、気立ても良い。
学歴や家柄は気にしなかったし、やはり若さは眩しいほどだった。
そんなこんなのうちに、交際スタートとなった。
婚約へ
Eさんが離島から、私の家に遊びに来るようになった。
私も離島に通った。
月1回または2回会った。
いつまで、続けられるんだろう?と思ったが、
予想外には離島で、親兄弟・親戚に面通しされ、歓待された。
どうも、結婚年齢が本州・都会地よりも早いらしく(離婚も多い)、
開放的な土地柄らしい。
結婚を親も本人も意識しているらしく、ちょっと驚いた。
若いのに、大丈夫か?でも、しっかりしてる。
家族もいい人ばかり。
真剣に考えはじめた。
Eさんは、結婚を急ぎはしないものの、離島からの往復は辛い。
会える回数を増やしたい。同棲期間が長くなってもかまわないという。
なんだか、私の決断しだいの状態となった。
私の転勤が迫っていた。
社宅確保のためには、転記前に妻帯者にっておくと、転勤後は相応の社宅が貸与される。
枝葉の議論で、打算的だがそれにも後押しされた。
「してみる?」「してみよう!」
これまで、プロポーズまでは慎重にしたきたが、勢いも大事と。
結婚を決めた。
スケジュールが決まった。
私の両親に紹介した。
私の母は、若さに驚愕、かなり不安になったようだ。(後日聞いた。)
破談へ
引っ越した。同居の準備は整った。
離島へEさんを迎えに行った。
離島を離れる時、Eさんは泣いていた。
Eさんは、これまでの快活さ、元気がなくなっていった。
私の最寄りの空港で、暗い顔をしているEさんに「大丈夫?」
「・・・・」
大丈夫じゃなかった。
「もう1度、離島に帰りたい・・・」
急だった。マリッジブルー?それにしても急だ。
「お願い、もう一度帰りたい。」
怒涛の半年で結婚を決めたんだ。
無理もない。
一度、帰ることとなった。
その後、Eさんは、「ごめんなさい」が多く、以前の明るさがなくなった。
納得できる説明ができない様子であるが、もはや結婚云々ではく、
交際を続けるか?否かのレベルで、悩んでおり、
その上で「ごめんなさい」「不安で」と言っている。
わけわからん。
私は、転勤が多い、すぐに中年になるオジさん、年齢差?今さら?
半年間ケンカしたこと無かったので、関係修復の過程もわからんない。
私が騙された?でも、何も取られていない。
器量よしの美人だから、離島の友人から言い寄られたのかもしれない。
やや隙のあるタイプだったから、アプローチする男性は多かったはず。
いすれにしても、不安の種について、納得できる回答はないままだった。
だから、解決策・妥協策の提示もできなかった。
こうなってしまうと、離島との距離は、圧倒的に障壁となった。
Eさんも、結婚に憧れはあったが、目前では不安が上回った様子。
ただただ、「ごめんなさい」を繰り返す状態。
その言葉が、「もう、許してください」に聞こえはじめ、
ついに、「私を解放してください」の意味だと解釈した。
「若いキレイな女性と交際出来て、夢みたいだった。元気でね。」
ちょっと無理して、言ってみた。
Eさんは、泣いていたが、少し笑い返してくれた。
たぶん、「解放された」と認識し、ホっとしたのもあるんだろう。
すこし、別れ際の状況は、Aさん、Bさん、Cさんの経験を経て、改善したようだ。
破談を受け入れ、一人になると、ただただ情けなかった。
「3回目だぜ?」自分に言った。
親や友人への事情説明も苦労した。
友人も呆れたろう。でも、友人はいいんだ。心配もソコソコだし、関係に影響はない。
親父からは、「お前、夜の生活は大丈夫か?」との唐突な質問をくらった。
明らかに「夜の生活の能力はあるんだろうな?」の意味だ。
「もう3回目じゃないか・・」
私は、イラっとして、「3人の元婚約者に聞いてくれ。」
親母は、「私は、もっと大人の人がいい」
「それを言われても、今、失敗したばかりなんだよ。疲れたよ」
3回も破談にすると、相手への思いよりも、
3回破談の事実が、私を叩きのめした。
自己嫌悪で苦しい、自己肯定感は崩落し、体調最悪、体重減少。
また、仕事も明らかに行き詰っていた。
八方塞がり。
誰かに「叱ってほしい」とさえ、思った。
およそ10年前に、Aさんが別れ際にいった言葉と同じなのだ。
「あーぁ、どうなってるんだ?俺は?」
心療内科に行って、精神安定剤をもらった。
この時は、生涯独身の不安もチラつきはじめた。
なお、Eさんの、その後は、聞いたことがない。
振り返り
Eさんには、まだ結婚は早かった。私が急ぎ過ぎた。
12歳の年齢差は、試練に脆く、パートナーとして二人三脚マラソンには適さない、と私が観念させられた。
失恋の忘れ方、自己肯定感回復のための思考と行動
・過去と他人の行動は変えられない。自分の行動と未来は変えられる。
・失恋で自分を責める必要はないが、相手を責めることもしない。
だから、失恋の事実を今後に生かすことだけを考える。
・失恋を忘れるには、次を探すのが一番、されど、躍起になって探さない。成り行きに任せる。
・次の機会のために、これまでの恋愛相手への感謝思考をもつ。
過去を客観視し、表現できるようにしておく。(恋愛経験は、必ず次のプラスになる)
過去を悔いる、元彼・元カノ、元妻・元夫を責める思考では、将来のパートナーを遠ざける。
過去を淡々と話せるようになれば、次の機会に活かせます。
・失敗が多い方が、異性に優しく出来るし、フラットに話せます。
そうしていると、次の機会が自然と出てきます。
・異性とフラットに話せれば、結婚相談所や婚活イベントも有効活用できるでしょう。

40代で結婚した50代夫婦(もうすぐ60)。夫婦共通の趣味は、料理と酒。筋トレも少し。2人とも婚活は苦労しました。友人に独身が多いので、彼らに婚活をおすすめする気持ちでブログに。このブログを読んだ方が積極的に婚活し、パートナーが見つかったらウレシイです。愛知県在住。筆者が中高年婚活をすすめる理由
